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【よもやま話】車のことなど(日産チェリーFⅡセダン 1400GL)

車のことなど(日産チェリーFⅡセダン 1400GL)


 無事に免許を取得したのが1981年(昭和56年)12月。
免許を持てば車が欲しくなるというのが若者の人情である。
相変わらずの呑んだくれ生活、結婚も決まり12月のボーナスは自由に使える金はなかったので、高校時代の友人Kちゃんに相談した。
当時Kちゃんは就職した下着メーカーのWを辞め、喫茶店をやっていた。
元々、人付き合いが得意ではないということから(そうは思えなかったが)、先輩の女性社員から譲ってもらったらしい。
その女性社員は、その後ススキノでスナックをオープンした。
何度か通った憶えがある。
綺麗な人だったなぁ。
名前は、もう失念してしまった。

その喫茶店に土、日になると高校時代に仲のよかったメンバーが集まる。
集まって何をするわけでもないが、Yちゃん、Y君、O君が常連メンバーだった。
O君とは、よくビリヤードで遊んだ。
自宅まで車で迎えに来てもらい、そのままビリヤード場へ。
ビリヤードを終えるとKちゃんの喫茶店で時間をつぶす。
そういうパターンの行動を月に何度か繰り返していた。

このメンバー、不思議に酒が苦手だったので呑み歩いた記憶がない。
ただ、O君とだけは何度か呑み歩いた。
でも彼は酒が弱かったなぁ。
通っていた居酒屋でカラオケを歌うのだが、歌が好きなわりには少しオンチ。
自分の結婚式で「いとしのエリー」を熱唱してもらったが、なんでまた難しい歌を選曲したのかと微笑ましくも呆れる思いがしたものだ。

 さてKちゃんの紹介で知り合ったのがホンダのセールマン。
ただKちゃんもYちゃんも、自分の免許取得経緯を知っていたので「中古のほうがいいんじゃない。絶対ぶつけるから」とアドバイスしてくれた。
もとより新車を購入する金なんてないから、最初から中古車狙いである。
練習用の車だと思っていたので動けば何でもよかった。
そのセールスマンとも相談して、何もかもコミコミで8万円の日産チェリーFⅡ1400GLを購入することにした。
ただ車検は、1982年10月までだった。
セールスマン曰く「燃費もいいし、程度は普通なのでお得」ということだった。
当時は、車を所有することに詳しくはなかったので「意外に金がかかるな。10月に車検だと、また10万はかかるのか」と思ったような気がする。

 チェリーFⅡは、1974年9月に登場した。
初代を一回り大きくしてラグジュアリーな雰囲気に…その分、没個性的かも。
1981年の購入だから7年オチ、走行距離は5、6万キロぐらいだったかな?
気にもしていなかった。

チェリーFⅡ 1400GL.jpg
日産チェリーFⅡ セダン GAZOO HPより


主要諸元
        チェリーFⅡ         フィット(RS)
・外寸・車重
 全長     3825mm           3955mm
 全幅     1500mm           1695mm
 全高     1375mm           1520mm
 ホイルベース 2395mm           2530mm
 車重      755kg           1070kg
・エンジン
 排気量    1397cc(OHV)      1496cc(DOHC) 
 最高出力   80ps/6000rpm       132ps/6600rpm
 最大トルク  11.5kgm/3600rpm    15.8kgm/4600rpm
・変速機    4速マニュアル         無段変速(CVT)
・駆動方式   前輪駆動(FF)        前輪駆動(FF)
・サスペンション
 (前)マクファーソンストラット       (前)マクファーソンストラット
 (後)トレーリングアーム          (後)車軸式
・ブレーキ
 (前)ディスク               (前)ベンチレーテッドディスク
 (後)リーディングトレーディング      (後)ディスク
・タイヤ    165/70HR13     185/55R16



 現在の愛車フィット3 RSと比較すると二回りほど小さいことに驚くなぁ。
チェリーFⅡは練習用の車と割り切っていたので、さほどの思い入れはない。
でも、やっぱり最初の車なので思い出はそこそこ多い。
乗り心地は、実に平凡で特筆するようなことはないのだけれど…

当時はパワステ、パワーウィンドウはオプション扱い。
エアバッグなどは存在すらしていない。
エアコンもオプションで、当時の感覚では北海道では不要といいうか必要な時期が短いので相当な贅沢品というイメージだった。
今はエアコンが標準装備という車が多いことを思うと隔世の感がある。
あ、当時はエアコンじゃなくクーラーだったかも…

個人販売だったのかどうかは知らないが、もとの所有者宅に車を取りに行った。
たぶんタクシーで行ったのだと思うけれど…記憶がない。
1982年の1月末か2月だったと思う。
終業後に取りに行ったので時間は19時近かったと思う。
冬道の運転は初めてだったが、それほど恐怖感を覚えた記憶はない。
ただ…実家に戻るまでの道中、バックミラーで後方車を確認すると路肩に寄せ、後方車をやり過ごしてから走った。
道もよく分からなかったので相当ゆっくり走っており、邪魔だろうなと配慮したといえば安全運転風だが、実際は恐ろしかった。
そのせいで普通なら30分程度の距離を、1時間以上かけて帰宅した。
今考えると、道も分からないのによく無事に家に着いたものだと思う。

 この車でドライヴを楽しんだ思い出はない。
まさに練習車で、とにかく家の周りを走って慣れることに注力した。
ある日、弟を助手席に乗せて練習走りをしていたら…
なぜか対向車が直進してくる。
「兄ちゃん、反対車線走ってる!」
逆走していたのは自分だった。
妹を乗せていた時にも一方通行を逆走したことがある。

一番の思い出は、ある日を境によくエンストをするようになったこと。
えっ?故障と思って路肩に止め、暫くしてエンジンをかけると普通に走る、
妙な現象だなぁ、と思ってKちゃんたちに訊いてみると「プラグがかぶってるんじゃないの?(汚れてるってこと)」と言われ、交換してみたのだが…
現象は変わらす。
例のセールスマンに相談してみたが思い当たるフシはないと…

極めつけは結婚前の妻が準備で遊びに来ていた時、帰りに空港まで送っていったのだが、途中で見事にエンストした。
飛行機の時間も迫っていたので、どこかに止めて(憶えていない)タクシーに乗り換えて(多分)空港まで行った。
無事に飛行機には間に合ったのでよいではないかと思うのだが、妻にしてみると心配で堪らなかったらしく40年近くたった今でも文句を言われる。
別に間に合わなければ飛行機を翌日に変更すればよいだけの話だ。
当時、妻は会社勤めをしていたわけではなかったし…
というか給料をもらう就業形態に就いたことがない。
まぁ、今も、この手の感覚の違いによるいさかいは多い。

 そういえば最初の長距離運転は、今も当時も禁じられていたが出張でのマイカー利用で札幌から釧路までのドライヴである。
片道400Kmぐらいだったかなと記憶する。
現在は高速道路が開通しているようで古くからの知人Y女史は、仕事で月に一度は走っていると言っていたなぁ。
だが当時は富良野経由か日高山脈越えの一般道ルート。
ルート的には日高山脈越えが近いのだが道を覚えていなかったことと、富良野経由のほうが峠道が少なく安全に思えたので富良野経由で走った。
日高山脈経由の道は、会社の車で何度か通ったが初心者には恐怖。
まだ初心者マークも外せない頃の話だ。
たしか8時間くらいかけて無事に到着した。
途中何度か妻に無事であることと、どこを走っているか電話を入れた。
電話は、もちろん公衆電話。

 次の長距離ドライヴはプライベート。
妻と一緒に帯広方面から北見へ、途中に松山千春の実家を見て北見に住む母方の祖母の家に行った(と思う)。
距離はどのくらいだろう、一泊二日で1000kmぐらいだろうか。
当時は、さほど苦にならない距離だったが今はダメだな。
疲れて一日300kmぐらいが限度ではないか?
そういえば、最近は長距離乗ってないな。
フィットの一番の長距離は会社を辞めてホンダ・ミュージアムへ娘夫婦といったぐらいで、距離は600Kmぐらいだったかな。

 次は昔通っていた小学校までのドライヴ。
距離は往復で300Kmぐらいだろう。
旭川の手前、深川市というところ。
その小学校のことは別の機会で語るとして、このドライヴでの一番の思い出は…
あわやガス欠騒動。
帰り道、陽もだいぶ落ちて暗くなった頃、燃料計を見ると…
チェリーFⅡの燃費からすれば、あと50Kmは走れるから大丈夫と思っていたが、心配性の妻は「スタンドがなかったらどうするの」と大騒ぎ。
「大丈夫、あるって」
「閉まっていたらどうするの」
「大丈夫だって」
まっ、今でもよく言われる根拠のない自信ってやつだ。
無事に給油は済ませたが、こんなことが原因なのかどうか、妻は車で遠出するのを嫌がるようになった。
本人は「車の移動、好きじゃない」と言っているけれど…娘夫婦の車(スバル レガシー)には文句を言わずの遠出でも乗っている。

 チェリーFⅡの違反話。
運転練習中(!)ということもあり違反は二う。
一つは結婚前のこと。
当時、通っていた居酒屋Kの女将の家の玄関口に駐車させてもらった。
ちょっと理由は忘れてしまったのだが3日ほど止めた。
どうやら歩道に少しはみ出していたらしく近隣の誰かが警察に通報されたらしい。
確か前面ガラスに駐車違反の紙が貼ってあった。
違反金支払いの仕組みがよく分からず放置していたら、簡易裁判になってしまった。

二つ目は結婚してから。
千歳空港だったと思うが、インターから高速に入るとき警察に呼び止められた。
シートベルトOK、スピードも出していない。
何事かと「なんですか」と、やや高飛車に尋ねた。
「すいません、免許証拝見。初心者マーク、ないですよ」
えっ?出発時にちゃんと貼ったはず。
磁石タイプのものを使っていた。
「後のマーク、はがれてますね」
かーっ、そんなことがあるのか?
しっかり違反切符を切られた。
まぁ、減点だけだったけれど…
見逃してくれても、いんじゃない?
そりゃ、違反は違反だけれどこの程度のことと思ったりした。

 ちなみにエンスト故障はホンダの営業マンに紹介された小さな自動車修理工場で原因が判明した。
燃料タンクとエンジンまでの間にあるフィルター、まぁ、ゴミ取り装置だが、そこにゴミが溜まってたとのこと。
だからエンスト後、暫く停車するとゴミが装置内で沈殿するのでまた走れるようになるとのことだった。
無償で交換してくれた。
装置と言っても、たわいのないものだった。

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