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【TV鑑賞】放送大学 科学からの招待状 錯覚で知る人の心

放送大学 科学からの招待状 錯覚で知る人の心
 講師 菊池聡(信州大学教授)


 BSキャンパス(231、2ch)で放映される番組を時々視聴する。
授業っぽい番組は、よほどのことが無い限り見ないのだが、本作のような特別番組、特別講義などはテーマに興味があると見てしまう。
見てしまうと言っても、自分が番組表から選んでいるのだから自律的な行為だが…

今回は「錯覚」
カフェのような場所で、公開で行われた特別講義で面白かった。
まぁ、人間の視覚が持っている宿命的な現象としての錯覚。
宿命的な現象というのはおかしいか。
網膜に映った映像を脳が再構成する際の処理で、必然的に発生するもの。
その実例が幾つか紹介される。
色や大きさ、距離感に関するもので興味深かった。
でも、それらは既に民放のバラエティ番組やNHKの教養番組でも取り上げられている現象で、それほど新鮮味は感じない。

もっとも興味深かったのが、言われてみると当たり前なのだが、網膜に映った映像というのは平面で2次元、それを脳が経験と知識を総動員して瞬時に奥行きのある3次元の映像として認識するということ。
ここではとてつもない情報処理が行われている。
あらためて考えてみると仕組みの不思議さに驚いてしまう。

そして人間は、そのことを通じて世界を認識し創っているということ。
実は個人個人によって認識している世界の姿は微妙に違うということ。
これは凄いというか不思議なことである。
もちろん誰の目にも金魚は金魚なのだけれど、その色合いは微妙に個人差がある。
赤い金魚と言って真っ赤なものを思い浮かべる人もいれば、ややオレンジ色に近い金魚を思い浮かべる人もいる。
姿かたちも思い浮かべる金魚の姿には差がある。
にも拘わらず金魚の話で盛り上がり、共通認識をしていると思い込んでいる。

これが金魚の話だから大きな問題はないのだが、人間同士の理解になれば場合によっては大きな問題になることもある。
一生の問題として引きずるような誤解や思い込みが発生する場合がある。
凄まじさが増せば国家間の争いにもなるだろう。

まさに人間の認識の根幹をなす情報処理、視覚系に潜む錯覚という宿命。
「錯覚で知る人の心」とは、広義では直接触れてはいないが、錯覚が持つ仕組みを少しでも理解することで知ることができるのではないか。
そんなことを考えさせてくれる番組であった。

「記憶にございません!(2019年)」のあとの食事会、いつもの居酒屋Mでこの話を面白おかしく語ってみたところ、大いに賛同を得た。
なぁんだ、みんな薄々は感じていた事なんだ。
その前提が視覚による錯覚という現象であることは、考えていなかったようだが。

この網膜に映った2次元映像を瞬時に3次元に再構成するという作業、やっているのは人間だけじゃない。
生物の進化って、やっぱり不思議で神秘的だなぁ。

放送大学 科学からの招待状 錯覚で知る人の心.jpg
(放送大学HPより)

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