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zoom RSS 【劇場鑑賞】日本の青春

<<   作成日時 : 2017/11/26 11:23   >>

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日本の青春
 制作年  1968年
 監督   小林正樹
 出演   藤田まこと、奈良岡朋子、新玉三千代、
      黒沢年男、酒井和歌子、田中邦衛、
      佐藤慶、花沢徳衛、橋本功ほか
 劇場公開 1968年6月
 鑑賞年月 1968年6月頃


 遠藤周作の長編小説「どっこいしョ」が原作の
社会派ドラマである。
中学1年の時、学校で観に行った。
大変、重厚なドラマだったという印象が残っている。
ただ、印象が残っているだけで、物語はまったく憶えていない。
いつものことではあるが、嘆かわしい限りである。

この頃(昭和40年代前半)は、文部省(当時)が
推奨したのだろう、学校行事で映画鑑賞があった。
中学1年は小樽市の中学校だったが、
2年の時は室蘭市へ転校になった。
そちらでは「風林火山(1969年)」を鑑賞した。

ただ翌年は観ていない。
教育方針が変わったのか、
3年生は高校受験を控えているので自粛だったのか、
そのあたりはよく分からないが、
これ以降は学校で映画鑑賞することは無かった。

藤田まことが主人公を演じているのだが、
彼が駅のホームに座っていて
何かサラリーマンの諦め、いやいや仕事をする
大人の悲哀とでもいうのか、そんな印象が残る作品であると、
そのように記憶している。

彼が立ち上がり、タイトルがドーンとでてくるのだが、
それが長く自分の記憶では「どっこいしょ」だった。
実際の映像を確認しているわけではないので、
あくまで記憶の中の話である。

ということで長年にわたって、本作のタイトルを
「どっこいしょ」だと思っていた。
それは2009年に備忘録という名のメモを
書き始めるまで続いたので、なんと40年もの長い間
記憶違い、勘違いをしていたことになる。

呆れるような話ではあるが、しかし、このことがあって
気がついたのだが、人間の記憶というのは
その程度のもので、実に頼りない。

もっといえば、過去の記憶を自分に都合の良いように
塗り替える記憶の捏造ともいうべき現象も目の当たりにする。
まぁ、事件性の無い話なので、その発見は、
それはそれで楽しいものである。

今回、再びメモを書きなおすに当たり、
いろいろ調べてみた。
2009年の時よりは、霧の向こうに影が
見える程度にはなったが、もともとの記憶が怪しいので、
これは記憶の捏造に当たるのかも知れない。

本作が公開された1968年は、
確か北海道開道百年に当たる年だった。
家族で(父親はいなかったかも)、どこかへ行ったような気がする。
当時、1歳くらいだった弟の写真が家にあり、その記憶と重なる。
出発前の記念撮影ではなかったか…これも、はっきりした記憶ではない。

太平洋戦争が終わり、おおよそ四半世紀が過ぎた。
朝鮮戦争の好景気からも20年近く経過しているが、
日本全体としては高度成長期にあたる。
世界的にはキューバ危機を経て冷戦体制に入っている。
東アジアの政治情勢も、その影響を強く受けていたが、
日本は朝鮮戦争を契機に米国の傘下におさまり、
わが世の春を謳歌していた。

そんな時代にアダ花のように咲いた作品と言えなくもない本作。
物語は戦時中に上官から殴られたせいで、片耳が聞こえなくなった
善作(藤田まこと)という男である。
現在は小さな特許事務所を開設し働いていた。

ある日、若い頃恋仲だった芳子(新珠三千代)という女と出会う。
彼女はバーのマダムだったが、亡夫の研究を企業化しようとしており、
善作はそれに手を貸すことにした。
ところが芳子は自動車会社の社長である鈴木(佐藤慶)から、
妾にならないかと誘われていた。
そしてこの鈴木が、かつての上官だったのだ。

さらに話がややこしいのは鈴木の娘(酒井和歌子)が、
自分の息子(黒沢年男)の恋人だったことである。
世の中は高度成長で、上手くやっている奴らは大勢いるのに、
自分だけがどうして不遇な目に合うのだろうか。
貧乏くじを引きっぱなしの人生から、
逃げ出したくなる善作だった。

だが、善作は考え直す。
事なかれ主義の自分ではあるが、守るべき家族もいる。
仕事もないわけではない。
考えようによっては、まんざらでもない人生である。
そう考え直し、冒頭に述べた「どっこいしょ」と立ち上がり、
平凡な日常に戻ってゆく…どっこいしょと言いたくなるほど
人生は面倒なものである、ということだったかなぁ。

日本人全体が高度成長に浮かれる始めた頃、
忘れてはいけない戦争の記憶を、
無理矢理心の奥にしまいこみながら、それでも「どっこいしょ」と
人生に立ち向かわなければ生きていけない
主人公の悲哀感を、少年から大人の仲間入りにになろうとする
思春期の入口で観たことはそれなりに意味があったと思う。
文部省の芸術作品奨励が、自分にとっては
功を奏したと言えなくもない。

しかし、こまごまとしたシーンは、
まったくといっていいほど憶えていない。
粗筋は記憶の捏造を覚悟で、調べた範囲で霧の向こうの影を
再構築してみたのだが、DVD化されていないので確認はできない。

そういえば当時の藤田まことには、お笑いのイメージがあった。
「てなもんや三度笠」である。
妙に重厚なシリアス演技を見て、
なかなかたいしたものだと感心した(と思う)。
もう一度、観てみたい作品ではある。



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